蕎麦屋にて②

私のせいろは”一番さんせいろ”という女将の掛け声で厨房に注文がはいった。

割と早くせいろが運ばれたが、わさびが載っていない。

ま、いいかと箸で蕎麦を持ち上げるとブチブチと短く切れている。

蕎麦猪口に入れると余計その短さが気になり盛られたせいろに長いものはないのかと箸で探った。

女将が蕎麦湯を持ってきたので意を決して私は声を出した

「啜れる蕎麦がないです。

 あのですね、啜りたいのにみんな短く切れていて啜れないんです」。

すると女将は確かにあなたのせいろの蕎麦は短いわねとチラリと見て

慰めるように口を開いた。

「お蕎麦って夏は難しいんですよ。一番よく無い季節なの」

続けて、秋に蕎麦が取れて一年迎える今の季節の蕎麦粉の話をし始めた。

へぇそんなですか、と最初は知らなかったので本気で感心していたが

「だから今の季節の蕎麦は一番美味しくないのよ、本当は」という女将の言葉を聞いて

だんだん私の相槌はわざとらしくなってきた。

”だったら夏は美味しくない価格にして欲しいものだ”と思いながら

蕎麦湯を啜っていたら奥にいた店主のおじさんが蕎麦を運んできたついでに私のテーブルにさくらんぼを乗せた。

私はチラリとさくらんぼを見ながら帽子を被った。

すると店主は「帽子、似合いますねー」と力ずよく言った。

佐藤錦のさくらんぼをパクパク食べてさっと店を出た。