
記憶は7歳に遡ります。
A3サイズくらいの深い鍵の掛かる空き箱を貰いました。
下箱が金、上蓋が銀色の木枠に綺麗に紙が貼られており、
蝶番と鍵がついたしっかりしたものです。
いつからか、わたしはこの箱に大切な物をしまうようになっていました。
多分、4歳の頃から1年ごとに引っ越しを繰り返していたので、
またどこかに引っ越すものと思っていたのでしょう。
引っ越しする時に大切な物を無くさない様にと思っていたのです。
その大切な物を箱に入れる癖はしばらく続きました。
高校2年生の冬、初めてアンティーク鞄を買いました。
しばらく何も入れずに、いつ、どんな時に持って行こうかと思いを馳せていました。
大学1年の春、家を出て一人で大学生活が始まるという朝に、その鞄を持って行くことにしました。
新しく住む町まで見送ってきた母と駅に降り立った時、
何気にあたりを見回すと「越後屋旅館」という看板が遠くに見えました。
気にも止めず、半年ほど経ったある日、
鞄の横に貼ってある、あまりにも古く擦れたステッカーの文字をじっくり眺めたら、
そこに「館旅屋後越」と右から左に文字が書かれているのに気づきました。
驚いてよくよく見ると、その文字の下に英字で母と降り立った駅の名前が書かれているのです。
「鞄に連れて来られたのだ」
大学を悩んだ末に決め、この町に来たこと、すべてこの鞄を買ったときから
決まっていたのかもしれない、と思いました。
その後、この鞄と幾度も引っ越しをしながら28年のお付合いをしています。
鞄の中には1年後の誕生日を迎えた自分に宛てた手紙、60歳になった時の自分への手紙が入っています。
そして、大学時代から友人、知人からいただいた嬉しい言葉や、アドバイス、大切な人との会話、読んだ本で心に残った箇所などを書いているノートも一緒です。
これからもこの鞄と一緒に旅を続けて行くのでしょうね。
たくさんの手紙とノートで一杯にしながら。