パールピアス。
中学3年生の夏休み、隣室の姉が松任谷由美のアルバムレコードをかけていた。
そのアルバムのタイトルがパールピアスで、
その中に、更にパールピアスという曲があった。
歌詞の内容はおおまかになるが、
将来を話していた彼に他の女性ができて、最後の日に彼のべッドの下に
自分の真珠のピアスを片方放り込んだという内容。
「引っ越すときに私を思い出してね」と彼への最後のメッセージ?
「あ!前の彼女のピアスだわ」と新しい彼女がみつけてのこと?
いずれにしても片方のピアスを別れる彼の家に置いていくとは。
想像もできない彼女の行動は私の知らない世界を生きている女性で、
私の15歳の夏の思い出と共に記憶に刻まれる曲となった。
それから45年経った今、
やはり、私には別れる彼氏のベッドの下に自分の片方のピアスを放り投げることは思いもつかない。
だって、真珠のピアスが可哀想だもの。
自分をふった男のべッドの下にじーっと引っ越すまで埃と共に埋もれて、
まして気づいてもらえず、男の掃除機に吸われちゃうかもしれないのに。
それより男より先に彼女が気付き、窓からポイっと捨てられてしまうかもしれない。
どちらにしてもわざわざ別れる男の部屋にピアスを置いていくなんてピアスが気の毒である。
このパールピアスの曲で、それまで冠婚葬祭のイメージが強かったのが変わったのは私だけではないはず。
その後、テレビドラマでも、ある女優さんの真珠のピアスのつけ方が素敵!と
更に真珠のピアスの需要を加速させていたことを思い出す。
もしかしたら皆、ベッドの下に放り込んでみたかったのだろうか。
時は流れ、今ではフェイクパールまである時代。
そしてふられてもベッドの下に放り投げたくなる男性も見当たらない。
