このロバの耳を読んでくださる皆様。
私の特技をご存知でしょうか?
15年前からこのブログを愛読してくださっている貴方様はきっとご存知なはず。
たくさんある中、一つ挙げますと「一生懸命なこと」
はい、懸命に生きていることが特技でございます。
「なに!着るものがない?なら、この服どうぞ」
「え!座る椅子がない?なら、この椅子どうぞ」
「あらま!今大変なら、手伝いますよ」
「どうした!川に財布を落とした?なら飛び込みますか!」
「は?1人で寂しい、なら付き合いますか」
こんな感じで子供の頃から一生懸命に生きてきました。
その懸命に生きていることによって、今起きていることがございます。
時間が足りない、身体が足りないのです。
時間は困りものです、1日24時間しかありません。
大切な睡眠時間の8時間は減らせません、
すると16時間をパタパタと動いているわけで、昨日の夕食も思い浮かびません。
食べたかな?は今のところ防げています。
このブログも読み返すと凄い脱字誤字でございます。
そのうち、支離滅裂になったら脳が危険です。
どうぞメールでご指摘くださいね。
時間の無いこと、身体がたりないことは、このブログに数回登場している92歳の父と86歳の母問題で、
どう一生懸命したら良いのやらと世間の老人介護・対応問題に直面しております。
救われるのは両親がボケておらず、お金も困っておらず、一応2人でいることであります。
そして近く姉がいて、あれこれ面倒を見てくれていることもかなり救われております。
では何が起きて、私は24時間では足りないと訴えているのか。
書くと長くなるので割愛しますが、
病院の付き添い、大丈夫かなという心の寄り添い、それらが結構知らぬ間に
じりじりじりと身体のストレスになっているようなのです。
一生懸命だけではダメだな、
そう還暦で気づいているわたくしであります。
今わたくしに必要なのは、「懸命」ではなく「賢明」の方なのです。
16時間をパタパタしなくて済む脳の賢明があれば、
「なに!着るものがない?なら、洋服を買ってはいかが?」
「え!座る椅子がない?なら、公園に椅子ありますよ」
「あらま!今大変なら、ご無理しないで」
「どうした!川に財布を落とした?なら諦めましょう」
「は?1人で寂しい、なら外で遊んでは」
これです!
自分が関わらなくてよいアドバイスでございます。
どうでしょう、これ。
おや?それではわたくしの特技にならんとおっしゃいますか。
ならば仕方がございません・・・わたくしの特技から外させていただきます。
