今から40年ほど前、
私が数えで20歳になった時、毎年自分の誕生日に書く一年後の私宛の手紙とは別に、
40年後の還暦を迎える自分に宛てた手紙を書いた。
当時は60歳になった自分などとても想像できず、「死んでるんじゃないかな」と期待さえしていた。
期待というと変だが、私の20歳は、中学生のころに突入した未来の見えないトンネル内におり、
しゅっとマッチを擦り、その一瞬の灯りでこちらかな?と足を進めては、
こちらかも?と方向を変え、こっちだよーとトンネル内でこだまする誰かの声に、
そう?そちらが私の探している出口なの?といっこうに未来の出口が見えずもがいていたのだ。
曲がりくねった先の見えない長いトンネル。
いつ出れるんだろう。
自分の人生は長いのか短いのか、進むのがしんどい場合は短いほうがよいなぁと天の計らいを伺っては短い方を願っていたような有り様だった。
そんな私が還暦の私にどんなことを書いたのか。
読む今月の誕生日が愉しみで仕方ない。
少し想像できるのは、
「結婚していますか?」
「子供はいるのでしょうか?いるなら何人?」
「仕事は何をしているの?」
「相手の人はどんな人?」
「両親は生きているのかな?」
「おじいちゃん、おばあちゃんはどうしている?」
「どこに住んでいるな?」
「今のあなたに感謝し、すべての周りに感謝しなさいね」
この程度ではないかと思う。
人は40年後など想像できるわけがない。
まして私のような好奇心旺盛のじゃじゃ馬は。
ただ、今、還暦の自分に言いたいことは、
「よく自分らしく生き抜いてきたね」と褒めてやりたい。
振り返ればそういう40年だった。
