(実家の犬、ジュンちゃんに捧ぐ)

「僕の役目」

僕は数年前から目が見えない。

ゴツンゴツンと壁や家具にぶつかりながら歩いている。

でも最近、もっと辛いことが起きている。

僕がこの家に来たのは14年前。

生まれて3ヶ月くらいした頃、売れ残りの僕を気の毒に思って買ってくれたのはお母さん。

この家で2番目のボス。

そしてこの家のボスはお父さんという人。

僕がここにきた時はお父さんもお母さんも僕を「ボギー」と呼んでいた。

それはこの家で17年間生きた先代の犬の名前で、僕は2代目。

僕の名前は「ジュンちゃん」。

お父さんとお母さんは先代のボギーのことをたくさん愛して、亡くなってからもしばらく忘れられなかったのだと思う。

それで先代が亡くなってから4年後に、僕が買われてここにきたの。

シーズーという犬種で白とグレーのまだらな模様は先代と同じなのだけど、

僕、尻尾が振れないの。

理由はわからないけれど、お父さん達の話では、欠陥らしいんだ。

そんな僕を可哀想だといってお父さんとお母さんはとても大切に可愛がってくれたんだよ。

だから僕はご飯の時や、自分の嫌いなことには我儘になって甘えてしまうんだ。

ご飯はお母さんの手から食べさせてもらわないと食べないし、

おやつもお父さんからしかもらわない。

したくないことにはテコでも動かないし、耳も貸さない。

病院や薬なんて大嫌い。

お母さんを何度か噛んじゃった。

外での散歩も疲れたらお母さんを見上げてワンといって抱いてもらう。

楽ちんな散歩しかしないよ。

全力で走ったこともないんだ。

それがここ最近、様子が変なの。

この家に来て、僕が中心でいたのに、僕がおやつが欲しくてワンというとお父さんは「ジュン、うるさい!」って怒鳴るんだ。

しまいには「あっちへ行け」って。

あんなにいつも優しいお父さんだったのに、どうしたのだろう。

僕に話しかけてもくれなくなったんだよ。

しかもおやつ当番をお母さんがするようになった。

お母さんは最近チョッピリ寂しそう。

だって僕と同じようにお父さんはお母さんを怒鳴るんだ。

「聞こえない!」「何いってるのかわからん!」って。

悲しんでいるお母さんを慰めようと思っても尻尾が振れないからワンというしかない。

「何がワンですか!」とお母さんに叱られちゃう。

お父さんは9年前から車に乗らなくなって、毎日家で映画ばかり観ていたけれど、今は『せん妄』という病気だと言ってたよ。

映画ばかり観ていたけれど優しいお父さんだったから、その頃が懐かしいな。

お母さんも前より買い物に出かけなくなって、お父さんとの会話も少なくなってきてね、一人でポツンと夜テレビを見ているんだよ。

お母さんのそばにいてあげたいけど、僕も歳をとってしまって、甘えることもできなくなっちゃった。

ゴツンゴツンと家の中をぶつかりながら歩くと、僕たくさん疲れちゃうんだもの。

お父さんが前みたいに僕の頭を撫でたり、遊んでくれなくなったのは僕の目が見えなくなったからかな。

寝ながらそんなことばかり考えてしまう。

あぁ天国ってここから近いのかな。

僕が先なのか、お父さんが先なのか、どっちが先に天国へ行くかわからないけど、きっとお母さん、とっても悲しむね。

どうしよう。

この家に来て、幸せだったよと最後に尻尾、振れたらなぁ。

お父さん、お母さん、驚いて喜んでくれるよね。

昔みたいに笑い声、僕、また作ってあげたいなぁ。