母の着物(その一)

「これからの女性は手に職をつけることが大切よ」と

母が結婚して間もない頃、目上の女性から助言があったそう。

それで好きな着物の道へと走った母。

師範・着付け教室・着物販売と走ること数十年。

その走りは同居する姑の面倒を見ることで終止符を打ったが、

すでに着物所持枚数は200枚ほど。

母の影響か、私も着物や日本文化が好きだ。

高校生くらいら浴衣を着たり、着物をきたり。

成人式、結婚式と着物を着る機会をできるだけ大切にしていた。

そんな日々の中、少し不安で気掛かりなことがあった。

この200枚ほどの着物のいく先である。

数本の桐箪笥の中にぎゅうぎゅうに詰められている着物の存在を知っていたし、

屋根裏部屋の重たい茶箱や和箪笥の中は帯でいっぱいということも知っていた。

姉は着物に興味はなく、母の着物を受け取ることも放棄している。

するとこの莫大な着物たちは私が譲り受けることになるのだが、

こんなにあると、どう片付けたらよいのやら。

老いた母に聞きながら、ではかなり辛抱と時間が必要そうである。

そう、こんなことをこの10年ほど頭の中でぐるぐるさせていた。

しかし、母ももう85歳、私も還暦。

屋根裏部屋への細い急な階段の行ったりきたりと片付ける体力がピークではないか!と思いたった。

すると、不思議なことに縁から縁とつながり、片付けと着付けを習うのにぴったりな着物の先生に出逢えたのだ。

母も10年前より着物への想い入れが薄れ、着ない着物や帯などを手放す気持ちが育っていたので、着物の先生に片付けと着付けを習うことにしたと告げてみた。

母の自尊心に触れぬよう、老いを加速させぬようと、言葉を選びながら。

着物の先生が実家に見える当日、先生は想像通りの求めていた人そのもので、母を紹介し、そして私たちは片付けにとりかかったのだった。