父は一昨年の年末から急なせん妄と老人難聴が進み、耳がかなり聞こえなくなっている。
大枚叩いて補聴器を買ったが聞きにくいという自己都合で全く使わない。
そのため家族が大きな声を出して会話をするハメになった。
1番の被害者は母である。
毎日、毎秒大きな声を張り上げている。大声を出すだけでも疲れるのに、父は母に「お前の滑舌が悪くて何言っているかさっぱりわからん」と毎回の暴言。
しっかりパワハラに該当する言葉を夫婦という関係にあぐらをかいて撒き散らしている。
時々見かけるその父の態度に私は「それは暴言ですよ!大声出す方も体力・気力が必要なのだから、パパさんも少しは聞こうとする努力をしてくださいよ」と注意するが、一向に変わらない。
ある日、実家に行くと台所に小さなホワイトボードが置いてあった。
何に使うのかと母に尋ねると、「パパさんがお前のいうことはちっとも聞こえないというので、私ももう話したくないから文字で書こうと思って」という。
確かに、父も母も会話をしないようになっている、重症の状態である。
母から発する危険信号を察した私は何がよいだろう、何ができるかな、と日々思い巡らしていた。
ある日、昔、父が会社のコーラス部に所属するほど歌が好きだったことを思い出した。
かたや母は音痴と宣言し歌を歌ったことがない。
私の頭にモクモクと浮かんできた。
「お前、ドの音はこうだ!ドーォ」と父。
「あなた、こう?ドーオオオ」と母。
「ドレミファソー🎶」と父。
「あなた、上手ねぇ♡」と母。
これだ!歌を二人で習えばよいのではないか!
父の耳も聞こうと努力するだろうし、母も入れ歯の滑舌がよくなるだろう。
2人の協力する時間が増えればきっとまた仲良く会話が生まれるのでは?
早速、私はオペラ歌手の知り合いに連絡をとり、事情を説明するとご近所ということもあって快諾を得た。
オペラ歌手さまに感謝。
あとはどのように父と母にやる気を持たせるかだ。
今更、新しいことをしたくない父。
拒否反応を出すだろう母。
私は一晩考えて、まず父に話してみた。
「今度、知り合いの歌の先生に家に来てもらい、歌を習うのだけど、
パパさんも参加しない?耳にもいいし、身体の血の巡りも良くなるから、今の体調にも効果あると思うよー」
私の言葉の終わらないうちに返してきた
「もうね、俺はそんな気力はない。昔みたいにはできん」
想定内の態度だったので、私も気にせず
「じゃ、やりたくなったらいつでも参加してね」と言った。
お次は母。
「今週から歌の先生に来てもらって歌を習うことにしたから。ママさんも参加ね!
歌をうたうとパパさんへのストレス解消にもなるし!美容にもいいらしいし、声もよくなるし、いいことずくめだからやってみましょうね!」
私は有無も言わさず、居間の壁のカレンダーに時間を書き込んだ。
そして、その初日がやってきた。
父の代わりに私が参加し、先生と母との歌のレッスンが始まったのだった。