昨夜、走る息だけ聞こえるLINE電話が姉からきた。
間違えて掛けたのかとこちらから掛け直すと「父が救急車で運ばれ、今実家へ走っている」という。
私もすぐ着替えてタクシーに乗った。
ガタガタ雪道を走っていると運転手が話かけてきた。
除雪が行き届かない市長への文句や、北広島の球場が遠くて行くのが大変だという巷の話題。
「お嬢さん、この夜から飲みにいくの?」と訊かれているうちに、実家の前に救急車が見える。
「あれに乗るためにきたんです」と答えながら降りて救急車を覗き込むが誰もいない。
実家の扉を引くとたくさんの冬靴が皆、カガトをこちらに向けている。
居間には救急隊に囲まれて座る90歳の父がいた。
母と姉も隊員と父との会話を見守るように立っている。
父の痰が絡んで呼吸が苦しいと言い始めたのは昨年の10月ごろから。
11、12、1月と病院に同行するがどこもわるくないと言われる。
その間、呼吸が苦しい、救急車を呼んでくれと母は何度か言われたが、今回が初めての救急車となった。
苦しいのが治まったので、救急車に乗るかどうかの父の意思確認を隊員の方々が
しているところだった。
結果、もう大丈夫となり、玄関に集まった冬靴らは退散し、そこに靴底の雪の解けた水だけが残っていた。
私も家に帰り、母にLINEすると父はあのあと直ぐに寝たという。
この5ヶ月あまり、父の痰を懸命に出そうとする姿は何度も見ていたが、
知らない死への恐れや、己はどう死ぬのかという不安をぺっぺっと吐き出しているように見えて仕方ない。
空で帰った救急車には、父のその想いが乗って行ったのだろう。
これからも、空の救急車でいて欲しい。