14日の対時

25年以上前に亡くなった祖母がホテルで連泊中の朝、連日夢に出てきた。

祖母は心配そうに柱の影からこちらを眺めている。

わたしの後をついてきては覗く、を繰り返す祖母は一言も声をかけてこない。

ただ、「大丈夫かい?」と訊きたそうな顔をこちらに向けている。

わたしは自宅にもどったその夜からかつてないほど寝込むことになった。

熱は大してないが、兎に角、頭痛とこみ上げる咳が辛かった。

観念して寝込むことにした。

その毎日、このまま死んだらどうだろう、30ほどの仕事をし、30ほどの転居し、

今のわたしで死んだら、私の人生なんだったんだろう思った。

初めて考えることでもなく、ここ数年、このことは頭にチラついていて

もう少し先に、と伸ばしていたことだと自覚している。

でも、今回は強烈だった。

先延ばしにしている自分の甘さを思い知らされた。

このまま死んだら遺言はなんだろ?

敬愛するひとの遺言は「葬式無用、戒名不用」だったな。

今のわたしの場合「志し半ばに何も遂げれず命終わる」かな。

するとまたまた敬愛する人の言葉が浮かんだ

「初心消えかかるのを暮らしのせいにはするな、そもそもがひよわな志にすぎなかった」

ああ、毎度、彼女のこの言葉には思い知らされる。

知らされるのに、まだその一歩が踏めない。なんで?

わたしは寝込む前まで健康だったのに、なぜしないの?しないでいれたの?

押し問答が始まり、14日間、苦しんだ。

そして15日たって寝床を発つと、部屋全部を開け放ち、掃除機をかけたくなった。

そうだな、

祖母はきっと教えにきたのだろう。

動かなくて、大丈夫かい?と。