美味しく食べさせて

好物の蕎麦を食べに行くと、小さな子供を一人連れた30代らしき夫婦が後から入ってきた。

丸々とした奥さんは最初から尖った口調で向かいに座るご主人にまくしたてている。

どうやらマンションに内覧会の帰りらしく、あれを買わないと手はない、老後に売れると大きな声で言う。

ご主人は少し高いよとボソボソ反撃。

言い終わらぬうちに顔を尖らし赤く頬を染めながら反撃する奥さん。

そこえ私が注文していた蕎麦がテーブルに届いた。

お願い、蕎麦を啜る時くらい口論しませんように・・・と私の願いは儚く吹き飛びまた口論が始まった。

ううむ、美味しい蕎麦の味わいが辛くなってしまうでは無いか。

聞こえない、聞こえないと自分に暗示をかける。

すると奥さんは最後の手段とばかりに自分が死んだ後の子供への財産分与になるのよと言い放った。

流石にこの言葉に打撃を受けたのかご主人は反論せず、ボソボソとうなだれる。

子供は聞いてはいけないかのように一人でずっと机に向いゲームをしている。

私は最後の一本を箸で口に運びながら思った、

この家族はこの店を出て、家に帰り、寝るときはどうしているのだろう、

仲良くおやすみなどと会話はあるのだろうか。

そんな余計なことを考えているとこちらの心に影響が出てきた。

ふつふつと私は何かに反撃したくなり、

それはいたたまれないほど寂しいと感じたもがきなのか、

大切な蕎麦時間を台無しにした怒りなのか、

蕎麦屋を出る私の顔はキツネになっていたかも。