多いようでとても少ない心の友。
彼女とは2019年の3月に知人の紹介で知り合いました。
1つ年上の彼女は白髪のまま、お召し物はお母さま仕立ての着物ワンピースといった出で立ちで、
芯が強く、丁寧に吟味して、大切に人生を生きて来られた印象でした。
笑うと漫画家の陸奥A子さんが描かれる主人公のように可憐で可愛らしく、
優しい絵本をたくさん出版されている絵本作家でした。
外見ではタイプの違うように見えたわたし達は、同じ通いの店や、好きで買う物や、知人の繋がりにあれこれ通じるものがあり、
すぐに彼女と文通を交わすようになりました(彼女は携帯を持っていないのです)。
彼女を知れば知るほど、人や物、事を見る心のフィルターがとても好きになり、
そして、何より、
彼女はかつてないほど、私をきちんと見てくださり、話さずとも私の思いや考えを深く理解してくれる友人でした。
ある日、彼女から私の行動力を分けて欲しいと書かれた手紙が来て、私は何だかとても会いたくなり、紅葉の葉を缶に入れてお返事を書いて送りました。
数日すると缶がそのまま返送されてきて、中にご家族が書かれた手紙があり、彼女の死を知りました。
わぁぁあと叫びたいほど心が苦しいのに、声にならず、部屋中を駆け回り、泣きました。
大好きで大切な友人でしたので、助けられなかったという思いも混じり、深く深くショックを受け、思い出しては涙を浮かべ、やっとこうして死をブログにかけるようになりました。
しばらく止めていたこのブログを再開したのは、私の文章を書き慣れしていると褒めていただいたことが嬉しくて
天国の彼女にも読んでもらいたいと思ったからです。
それでも、悲しいとか寂しいとか思いは言葉に現せません。
思い出すのは笑うと三日月のような形になる目をした彼女の笑顔ばかりです。
それで私は思ったのです。何もこれと言えることを人生でしていない、笑顔も人の記憶に作れていないと。
私のまだあるであろうこの先の人生時間で、これはできたぞ、やったぞ、と言える私になるために、まだ続けます。