カニの生まれかわり

札幌に住んで間もない子供の頃、

夕食時の食卓に毛ガニが一杯、父の前に置かれていた。

蜘蛛が大嫌いな私はその毛ガニの様を見るのも戦々恐々としていると

父が大事そうに毛ガニの身を目を細めながら解している。

横目で見ていると「おいしいぞぉ、食べてみなさい」そういって箸で一つまみ毛ガニの甲羅にある味噌を口に運んでくれた。

味噌は確かに美味しくてなんとも言えない味だった。

父はその毛ガニの味噌の詰まった甲羅に解した毛ガニの身を入れて混ぜながら

「毛ガニはこうして食べるのが一番うまい」といい、燗にした日本酒をこぼさぬようにおちょこを口に近づけながら続けて

「毛ガニは味噌が一番美味しいんだ。このカニは味噌がたくさん入っているから頭もいいのだろう。もう少し食べてみなさい」と皿を私の方へ差し出していう。

私は「ならこの味噌をたくさん食べると頭がよくなるかもね」とパクリとしながら屈託なくいうと父は一間を置いていった

「うむ、だがこの毛ガニは捕まったからな。頭がいいとはいえないな」

えええ、食べちゃった。確かにそれじゃ賢いカニとは言えないじゃない、ブツブツ言う私に父がボソッと言った

「わしは毛ガニの生まれ変わりだと思うんだ」

「?へ?」

「なんか、身近に感じて他人事に思えんのだ。何よりこんなに毛ガニが好きなんだからな」

なになに、毛ガニの生まれ変わり?身近に感じているのに食べちゃってるの?

子供心に理解不能な父の発言は可笑しく、何故か妙に気に入ってしまった。

そしてあれから70年以上も経つというのに、未だに食卓テーブルに毛ガニが現れると、

「どう、この毛ガニはお父さんの仲間?それとも従兄弟くらい?」などと

冗談話をしてムシャムシャ食べるのが実家の愉しみにもなっている。