山猿の提灯

銀座で46年目になる小料理屋「山猿」をひょんなことで知り、

それから女将さんの人柄と作られる食事と鶴齢の酒に魅せられて通うようになった。

女将さんの胸の内に店を50年まで営みたいという野望があると知ったのはこの7月に旦那さんを亡くした後のことだった。

冬に入りとんと痩せて艶がなくなった女将さんを見るとせめてあと一年でもできたらと私は顔を出す頻度を増やしている。

昨夜少し早い時間に店に伺うと岐阜の有名な提灯メーカーの営業マンが店の注文の提灯が完成したと持ってきたのに出くわした。

真新しい提灯は46年の歴史ですべて亜麻色に染まった店内の中で真っ白に浮いていた。

「今下げている提灯が7年も経ち文字もボロボロで恥ずかしいかったけど

やっぱり提灯はきちんとしていないと恥ずかしいわね」とそれを見て女将さんは言った。

確かに街路にある提灯は破れて口を開けている墓場のお化けのようだ。

交換後に捨てようとしているそのお化け提灯を捨てるなら貰いたいと私は申し出て持ち帰った。

帰宅しお化け提灯を広げると、真っ白な我が家の中で一つだけ亜麻色に染まっているのが目立ち、

明かりの灯らない提灯はあの銀座のエルメス側で負けじと威厳を放っていたお化け提灯と同じものかと思えた。

手で持ち上げるとパラパラパラとこれまで何かに耐えていたものが崩れるように劣化した和紙が床に散った。

疲れた鳥の羽を見た気がした。

なんだか鳥を手に持っているような気がしてそれ以上見ることができず箱の中に仕舞った。

あの夜、帰る私にこれまで見せたことのない疲れた女将さんの姿と提灯がダブって見えた。

 

旦那さんが最期まで見ていたこの提灯は女将さんが店を閉じる時まで預かっていようと思う。