呼ばれた席

台風が過ぎ去った後の空港はごった返していた。

チケットを自動カウンターでチェックインすると「席が確定できないので受付カウンターまで」とある。

受付カウンターは長蛇の列で腸のように何度も曲がり身体に悪そうだ。

ふと見るとその腸の横に2台ほどチェックイン機があった。

並んでいる人がほとんどいなかったのでダメ元で手続きしてみると[3D]という座席指定になった。

前から3列目が空いているとは不思議な感じがして何度もチケットの名前を確かめながら機内の席に座った。

しばらくして和服姿の女性が時間ギリギリにCAに誘導され私の横の席[3E]に座った。

女性は水を飲んでずっと俯いている。

75歳くらいかな?いやもっと若いかも?手の甲は張りがありシミがない。

大丈夫かな?かなり具合が悪そうだ。

旅立つ斜めの機体の中で女性は身を任せたまま俯き脈を測っている。

わたしは機体が水平になってから声をかけた。

具合が悪いのですか?という言葉は使わないようにしようと思い

「お疲れですか?」と訊いた。

すると彼女はこちらをやっとみて「元々身体が弱いのですが、3日前に姉が亡くなってね」と話した。

「いつもは息子が寄り添っているので歩けるのだけど、今回は急に姉が亡くなって、寂しいのと悲しいのと、一人で不安なので身体が疲れてしまって」と続けた。

そして女性はまた俯いた。

私はガザゴソと手荷物の中からお気に入りの梅の味がする喉飴を取り出し、食べませんか?と差し出した。

そして少し横になった方が楽ですよとリクライニングの背もたれを倒して差し上げると

女性は喉飴を口に入れて身体を横にし目を瞑った。

女性がしばらくしてCAのドリンクサービスで目を覚まし、コーヒーを頼んでいたのを見て

先ほどより元気になったことがわかり安堵した。

そうだ、珍しくチョコレートを買っていた!と思い、コーヒーのお供にどうぞと女性に差し出すと

いただいてばかりですのにと言って一つ摘んで口に入れた。

顔の色が随分よくなったように見えた。

息子さんがまだ50歳で独身のこと、幕張と札幌で医院を開業していること、女性も北海道の生まれだということ、片言の会話をお互い交わしていると「実は搭乗するときに具合が悪いとカウンターで伝えたら、この座席になったんですよ。隣になれて本当に良かったです。良い思い出ができました」と言った。

あまりに予約時と席の場所が違うわたしの[3D]の席、もしかしたらこの女性に呼ばれたのかもしれないと

握手をする女性の手の力を感じて思ったのだった。