昭和9年の父は自分の両親を知らずに育った。
父の父は生まれる前に亡くなって、
父の母は生存しつつも会えずに終わった。
そんな身元の父が私に2枚の名刺を手渡した。
「もう後どのくらいわたしが生きれるかわからんが、お前の親は身元がしっかりしていたという証に
もっていなさい」
とある銀行の頭取名刺と、とある大学の教授名刺を。
わたしはこの肩書きの恩恵でぷくぷくとした体型をし、
使い切れない画材を買って
どう生きればよいのかと泣きながらワインを飲む馬鹿な生活ができたのだ。
父のその2枚の名刺はわたしの大切なスケジュール帖の中に
この春撮った子宮筋腫の検査写真と挟んである。