行くぞ!と心してゆく蕎麦屋がある。
女将さんが幽霊のように覇気がないことと
古さゆえの見かける住人。
今日久しぶりに尋ねると、女将さんがかつてないほど愛想よく
私はなんだか嬉しくなり入口側の2人掛けに腰を下ろした。
日本酒を頼むといつもなら”昼間から呑むんだね”といった顔する女将だが
今日はハイハイどうぞ愉しんでとでもいいそうな愛想だ。
この上なく気持ちよく呑み始めた頃、来客で引き戸がガラリと開いた。
するとそれまでいなかった足の長細い”千と千尋の神隠し”に出てくる
釜爺といわれた蜘蛛がぷららーんとぶら下がり入口から出ようとしている。
ここの住人で初めて出会した大型だ。
あと少しで外に出れそうなその住人に、
入ってきた6人ほどの客は気づかずピシャリと引き戸を閉めた。
がっくりと肩を落とした住人はゆっくりと戸から離れ引っ込んだ棚下に留まった。
住人に苦手な私はすっかり逃げ腰になり呑むどころでなくなった。
そして棚下を覗き込んでから終いにしようとせいろを頼んだ。