私の時間とその男の時間。

いやぁ、久しぶりに怖かった。

電車内の隣の車両から歩いて来たその男は私より小柄で陰気くさく目を引いた。

席ががらんとしている中、私の斜め前に座ると手に持っていた本を至近距離15cmほどで読み始めた。

目が悪いのだろうか、しきりに瞬きしている。

見ないようにしていたがチラリチラリと男からの視線を感じる。

気のせいかな?

5分ほどで目的の駅に着いたので私は席を立つとその男も慌てて席を立った。

私の後ろに立っている?

嫌な気がしたので小走りで階段を駆け上った。

後ろの靴音に耳を傾けるとコツコツというヒールの音がした。どうやら男のことは私の早合点だったのかも。

そのまま小走りで改札口を出て、人通りの多いビルに入った。

鏡張りの壁のエスカレーターに乗り何気に横を見ると先ほどの男がエスカレーターに乗っていた。

偶然?でもあんなに小走りした私に追いついているのは変だな。

急ぎ足でエスカレーターを上り、どこかに隠れるところはないかと目で探す。

ビルに殆ど人がいない。振り向くとエスカレーターにその男の姿がなかったので

偶然同じビルに来たのかな?と思い直しエスカレーターの前を向いていると

私の4段後ろに立っている男が鏡越しに見えた。

いつのまに!これは偶然ではない、どうしよう。

人がたくさんいる地上へ向かおう。一気にまた駆け上がる。

ビルの案内所にいる女性が見えた。他のお客さんと話している、ダメだ。

外の道路にでて隣の人の多いビルへ走った。

そのビルのガラスの扉を急いで押すとガラス越しに私の後ろにいる男の姿が見えた。

真後ろにいる!怖い。そのままドアを押すと男が私の肩を叩いた

「すみません、すみません」と言ってポンポン叩く。

何がすみませんだ!人の肩をたたくな!と怒りと恐怖で叩かれた肩を振りほどき

目の前に見えた案内所へ駆け込んだ。

すると男の姿は消えていた。

どこにいるのだろう、まだいるかもしれない。

上に向かうエスカレーターに乗り、ついて来ていないか今度は振り返りながら確かめた。

3階ほどあがったが男はいないようだ。

額に汗が出て来た。

私は1階まで駆け下りビルの前に止まっていたタクシーに乗り込んだ。

折角の私のランチタイムが恐怖で台無しに。

男にとってはどんな時間だったのか。