東京の表参道近く、通って13年になる(もうそんなになるのか!)蕎麦屋がある。
当時通っていた会社からそう遠くない場所のおかげで私は月に1度、顔を出すようになった。
カウンターの隅で映画の雑誌や料理本をめくりながらの一杯。
今日は一人花見と称して向田邦子さんの料理本を持ち込んで徳利を傾けていた。
鰻巻きを頼むと店員が「大きいので半分にしましょうか」と声をかけてくれる。
満面の笑顔で礼をいう私。
ん?ちょっと笑いすぎたか?と目尻のシワを手で押さえながら
そんなことを想うとは歳をとったのだなと笑えた。
一人花見の間、隣席で蕎麦をすする人が3度入れ替わった。
2合の徳利が空になり、蕎麦をすすって私の花見も終わった。
向田さんと呑んでいたような錯覚を抱きながら井の頭線に揺られていると、
高井戸駅そばの見事な桜並木が満開に咲いているのが目に飛び込んできた。
まさに花見酒の気分と歓喜し読みかけの彼女の本のページをめくる。
年譜に昭和25年、久我山に引っ越しと書いてあった。
あれま、私の家から徒歩10分も離れていないところに住まれていたのか。
ということは向田さんも電車に揺られこの高井戸の桜を見たのだろう。
蕎麦屋から始まった向田邦子さんとの時間、
なんだか本当に二人で呑んで帰る途中の気がしてきた。