NHKのテレビで放送している「マッサン」。
1月くらいから見るようになったのだが、今週が最終回らしい。
マッサンを楽しみに見るようになったのは何故だろう。
思うに「ウヰスキー」の魅力を知り得れるからかもしれない。
私が20代半ば、職場の環境でワインの魅力にはまり、仕事帰りに’80年代のワインを2本空けていた。
お給料の殆どがワインで消えた。
空き瓶は窓越しに並べ、ワインのラベル(エチケット)も剥がして帳面にし、ワインの木箱はゴロンゴロンとあふれ、コルクで家が建つほどになっていた。
部屋をあければワイン臭。
そんな私を父はアルコール中毒になると戒めた。
その父は大のウヰスキー党で、父は当時、金融企業の上層部におり、またバブル後の大変な時代を毎晩のウヰスキーで飲み込んでいた。
私の給料のン倍?以上はあろう父の収入で、取っ手の付いた大きな角瓶のウヰスキーが地下の貯蔵庫に行く瓶もあった。
「お前のワイン1本で、このウヰスキーが何本も買えるな」と何度か言われ
父もワインの値段を知っているのかと思ったが、そうではなくワイン=高いという印象しかなかったようだ。
父は安価なウヰスキー(失礼!)を高級なウヰスキーの瓶に移し替えて飲んでいた。
「瓶が変わるだけで気分も変わり味も変わるのだ」と言って移し替える理由を明かしてくれた。
その移し替える演出をいつの間にかしなくなり、今では大きな角瓶がドテン!とダイニングのお酒コーナーに置いてある。
あれから20余年が経ち、既に退職した父だが毎晩楽しみにウヰスキーを晩酌する姿は続いている。
私はウヰスキーの美味しさが分からないままだ。
時折、帰省する私にグラスを2個持って来て「飲むか?」と差し出す父のとっておきのウヰスキーを
「美味しいぃ」と応えるがその後の言葉が続かないのである。
そんな時に「マッサン」を知り、毎回のウヰスキー話しに魅せられていった。
「美味しいぃ、スモーキーフレーバーが丁度よいね」などと言ってしまうような私に今はなっている。
以前、聞いた言葉、
ビールは賑やかに飲む酒
日本酒は孤独に寄り添う酒
ワインは恋におちる酒
そして、ウイスキーは友と語るような酒。
父は大変な時期も、またこの日々も、友に語り合いながら乗り越えてきたのだろう。
マッサンを見ているとあれこれ心に浮かんで来る。
父の人生はウヰスキー無くして語れないと思う今日この頃である。