自室で机に向かい腰掛けていたある日
珍しく父が私の部屋の扉をノックした。
私はただ外の通りを窓越しに眺めていただけだったので
なあに?と応えた。
すると父は金子みすゞという詩を書く人を知っているか?と訊いて入ってきた。
知らない、どんな人?と腰掛けたまま顔だけ父に向けて尋ねると
父は私の目を見ずに、窓の外を見るような仕草で
もう昔に亡くなった人で、ちょっとお前が書く詩より幼い感じの詩を書く人だ、と言った。
テレビで見たらしく、それをわたしに伝えに来たのだ。
その頃の私は母からの誕生日カードに「いろいろあっても前を向いて歩いていくことを願っています」と
書かれるような有様だった。
高校、大学、社会人と経るにつれ、詩を書く機会が減り、そしてすっかり書けなくなっていた。
感性、書く心さえ失せていた日々だった。
金子みすゞの話しを残して父が部屋から去ったあと私はコートを羽織り本屋へ向かった。
彼女の詩集を読みながら様々なことが心に浮かんで来た。
父は私がどのような詩を書いていたかを知っていたこと
みすゞのように自分に正直にいきた人のこと
そしてみすゞの詩の世界
長い月日が行き去り、今また詩を書きたい自分に出逢えている。