父は無類の蟹好きで、以前食卓で毛蟹を食べながらこう言った
「わたしは蟹の生まれ変わりかもしれないな」
続けて「あまり賢くない蟹だったのだろう」とぽつりと言った。
どうしてかと尋ねるわたしに父はこう返した。
「人間に捕まること自体、賢くない蟹ということだからさ」
わかるようでわからない父の話しに曖昧に頷きながら子供の私は蟹を頬張り続けた。
そんな私を横目に父はクピリとおちょこの日本酒を喉に流しこちらを見ずに言った
「まぁ、お前もあまり賢い大人にはならんだろうな」
「酷い、何で?」と蟹から目を話し父を見るとおちょこに日本酒を注ぎながらちょっと笑った声で応えた。
「お前は蟹のみそしか食べないじゃないか。人間に捕まったちょっと賢くない蟹のみそばかり食べていると
お前も同じになるということだよ」
わたしのみそをすくう手は勢いを失せ、しばし蟹が人間に捕まる絵を想像してみた。
それから何十年、わたしのみそ好きは変わらず、むしろより旨いと思うようになった。
「賢くなくてもうまけりゃいぃ」
あの頃に還れたら父に日本酒注いで返したい。