大貫妙子さん

高校1年生の美術学校の夏期講習に通っていたとき、

遠方から電車で通っていた同じ歳の女性と出逢った。

彼女は油絵を描いていた。

私に「うんたまと呼んで」と声を掛けて来た。

「たま」は多摩美のことだとわかったが、「うん」は何のことだろうと気にはなったが訊きもせず

私は「うんたま」といつも呼んでいた。

どこか中性的な感じのうんたまは話し方も変わっていた。

20数日間という暑い夏を共に絵を描いて過ごし、夏期講習が終わってうんたまと会わない日々が始まった。

ある日、綺麗な夕陽を色鉛筆で描いた絵はがきが一枚ポストに入っていた。

差出人はうんたまとあった。

青いインクで少し波を打ったような文字が2行、夕陽のヨコに風に吹かれたように書かれていた。

「カオライン君は好きな人です。そのやさしい雰囲気が好きです。

 人はそうあるべきだと思います」。

何度も読み返したその2行の意味がその頃の私には理解できず、返事をうんたまに書いた。

「今度、家に遊びに来て下さい。よければ私も遊びに行きますよ」

私がうんたまの家に遊びに行くと、うんたまの部屋には聴いたことの無い音楽と女性の歌が流れていた。

それから数日して、その音楽が入っていた大貫妙子さんのテープが届いたのだ。

テープから聴こえる歌は風がそよぐようにソヨソヨと部屋を漂っている。

まるでうんたまの文字のようだと思いながら、青いインクで書かれた2行の意味を訊かないで帰ってきた自分の心の動きを他人のように眺めていた。

もうあれから30年。

先日久しぶりに大貫妙子さんの音楽を聴いた。

やっぱり、ソヨソヨと聴こえる。