
女学校時代の同窓会があるらしい。
出会いは10代でも縁はそれを遥かに越え30年も続いている。
友人らと元気で会えることの尊さとありがたさをしみじみ感じる。
通った女学校の校庭には濃い色のライラックの木が植えられていた。
そのライラック、札幌市の木となっているが我が母校の設立者サラ・クララ・スミスがアメリカの自宅から札幌に持ち込み繁殖したものらしい。
当時のスミス女学校と北大植物園にそれぞれ植樹がなされたそうだ。
スミス女学校に植樹されたものは戦時中に敵国の木として伐採されてしまった。
木にも敵意を抱くとは戦争中は人の心まで鬼にさせてしまうのか。
女性の自立を目指して作られたスミス女学校。
通った6年の私達。
スミス女史の指針のように自立は出来ているのか。
卒業30年経っているが、さて私はどうだろう。
今、丁度札幌はライラックが咲き乱れている頃だろう。