冷たい想いで

先月末、作家渡辺淳一氏が亡くなられた。

彼の本は読んだことが無いので流行語にもなったという失楽園さえ知らない。

でも私は氏に関して特別な思い出が在る。

生まれてから骨盤脱臼をしていた私は医大に通っていた。

と言っても生まれてから3歳までのことなので通っている記憶がない。

ただ一つ今でも記憶がある。

母がオンブ紐をゆるめ皮バンドを両足にした私を背から降ろした時、病院の待合室前のベンチがとても冷たかったのだ。

少し盛り上がった背もたれの無い壁に置かれた皮のベンチだった。

その冷たさで目が覚め見上げた天井を覚えている。

その時、ベンチの横を白衣の前ボタンを止めずに足早に通り過ぎて行く男性がいた。

暗い色を感じた。

それが渡辺淳一氏だったと数年後に母から聞いた知った。

数年後の12歳の時、骨盤に違和感を覚え久しぶりに医大に行った時は、

あの皮のベンチは様変わりをし、白衣をたなびかせていた暗い色した男性の姿ももう無かった。