春の宵

今夜は日暮れても、肌寒い空気はなく

むしろどこかによって帰りたくなる宵である。

駅を降り立ち自転車を走らせると

藍色の空を点滅する流れ星のように飛行機が頭の上を飛んで行く。

最終便だろうか。

私の帰路とクロスするように飛ぶ飛行機の先に

顔を出してから少し時間が経っているような月が浮かんでいた。

甘い香りが夜風に乗って飛んで来る。

ペダルを漕ぐ私に先日までのよそゆき顔の冷たさが消え

お帰りなさいと星々が微笑み付いて来る。

屋根の瓦に桜の花びらが舞い

こちらですよと手招きするようにまた舞ってゆく。

こんな夜は狐や狸が化けて出てもかえって有り難く、

共にゆるい空気の中で酌み交わしたいものだ。

今宵は春の酔い。

待ち人来ず。