
「時間旅行」という名のお店にいった。
店の佇まいからしてタイムトリップしたような懐かしいジャズ喫茶のようだ。
ドアの向こうは馴染みのお客さんがいつもいて、少し入りにくい店が想像できた。
少し開かれたドアを開けると6畳間くらいのスペースがあり
左手の壁はアナログレコードで埋め尽くされ、古い時計が1時20分をさして止まっていた。
その壁に『今月閉店します』と手描きのメモが貼ってある。
7時前のせいかお客は他におらず「馴染みの・・・」のイメージとかけ離れ
デパートのギフトサロンで買い物をしていそうな老眼鏡を掛けた1人の女性がカウンターの向こうに立っていた。
ましてお酒をつくることに縁のない、学校のPTAの仕事でもしていそうである。
私は目が合うようで合わさない不思議な視線を持つその女性に興味をもった。
「どうして閉店されるのですか?何年前からこちらで営業されているのですか?」
立て続けに投げかける私の問いに彼女は応えた。
「身体がね、動くうちにそろそろ店を片付けようと思って。18年前からやっているのよ」
そういうとわたしのリクエストしたトムウエッツのLPにゆっくり針をおとした。
リズムに乗っているのか、うなずいているのか
女性の首が小刻みに前後に揺れている。
数枚のレコードと数杯のスコッチを楽しんでお会計をし終えると
「まだ閉店までは日があるので、お会い出来るかもしれないから、さよならは言わないどきますね」と聞き取れないような小声で途切れ途切れで女性は言った。
入れ替わりに初老の男性が店に入って来て小さなカウンターの前に迷わず座った。
この人もまた時間旅行をしに来たのだろう。