
私は大の注射嫌いで、まして自分の身体にメスを入れることなどあり得ないと思っていた。
病院で迷い針などされると貧血を起こすほどである。
子供の頃から思っていたのは大人になり「胃がんです」「乳がんです」「ポリープです」と言われたら「はい、おさらばの時が来ましたね」と手術をせず天に召されることを望んでいた。
そんな私が30歳の頃、初めて手術をすることになった。
胃のストレスと書き過ぎが原因で右手首の重度の腱鞘炎。
腱鞘炎の手術の麻酔は伝達麻酔で首の後ろに針が打たれた。
「腕が上がらなくなったら手術開始しますよ」という看護婦さんの言葉におののき必死に腕をあげ続けた。
「おかしいですね、もう麻酔が効いてもいいころなのに」ささやくのが聞こえた。
しばらくすると看護婦さんは今度は手首に麻酔を注射した。
他人の腕のような感覚になったころ手術が始まった。
カチャカチャと医者がカーテンの向こうにある私の腕に何かしているのがわかる。
何故か息が苦しくなり看護婦さんを呼びたいが声がでない。
どんどん呼吸が苦しくなってくる。
「もしかしたら死んじゃうのかも」
麻酔で死んだ知人の話しを思い出しながら手術室の天井の板の釘を数えていた。
苦しさで涙が流れはじめた。
頭の側に立っていた看護婦さんが私の涙に気づいたのだろう声を掛けて来た。
「苦しいですか?苦しかったら目の玉を動かしてください」
私は目の玉を動かした。動かしながらしみじみ目の動くことに感謝した。
看護婦さんがツーツーツーと鳴る心電図と血圧を見てる気配がする。
「大丈夫ですよ、落ち着いてくださいね」
大丈夫どころでない、もう二度と手術などしない、どんな病気になっても。
それ以来、手術に縁無く生きて来れたがどうやら今回は直面する事態になったらしい。
早く手術した方がよいと医者にいわれているのに先延ばしをしている。
「はい、おさらばの時が来ましたね」と思える自分がいまは0.5人しかいない。
いつの間にか命が惜しくなったのか。
やり残したことが増えたのか。
0.5人が反対している。