好物

昼時の事務所へ向かう電車に乗り込むと何処から軍艦マーチが聞こえて来た。

昔パチンコ屋で掛かっていたあの慌ただしく忙しない音楽である。

どうやらつり革を掴んでいる男性の携帯電話の着信音らしい。

「軍艦マーチを着信音にするとは、さぞ忙しいのがお好きな人かも」

私はうつむき笑いをこらえた。

電車を降り事務所へ空腹を抱えながら向かう。

商談を終えたら行きつけの蕎麦屋でゆっくり遅い昼を楽しもうと昨夜から楽しみにしていたのだ。

ここしばらく店の開店で慌ただしかったから心のリセットもしたかった。

ところがその商談相手が遅刻されお詫びにとHIROTAのシュークリームをくだすった。

お腹は減っているが蕎麦の前ではさすがに食べられない。

持ち帰りデザートタイムにお茶受けにいただこうかと思っていると電話がなった。

「これから東京駅で打合せをしたい」

断れない相手なので二つ返事で到着時間を告げた。

打合せにシュークリームを持って行くにはふさわしくない場である。

ガサゴソとHIROTAの箱を開けるとシュークリームと目が合った。

「あなた、わたしを食べる気なの?」

そういいこちらを見つめている。

持ち上げるとチョコレートで作られた片目がポロッと落ち、お陰で目が合わなく気兼ねなしにパクリとかじれた。

待ち合わせの時間が迫っている。

よし勢いでもう一つ食べよう、

2つ目のシュークリームは生クリームとカスタードのダブルクリームでなかなか好みの味だ。

「あー ゆっくり食べればさぞかし美味しいだろうに」

頬張る私の脳裏に先ほどの軍艦マーチがきこえて来た。