着物が好きで、着物の仕事を始め、着付け教室までしていた母の影響で私も子供の頃から着物が好きになった。 その着物がきっかけで日本の文化が好きになったのかもしれない。 時折、実家を訪ねて母に着せてもらうことを一つの親孝行と都合よく思い、そして、長年着物を着ていた母独自の着方に触れる貴重な時間でもある。...
すべての始まりは『ポルウナカベーサ』 この曲を聴いた時に無性に踊りたくなった。 うずうずとする心根をうまく身体に現すことができなく、なんとモドカシイという気持ちになった。 この曲で踊れたらさぞ気持ち良いだろう、 早速、知人の紹介で恵比寿のタンゴ教室にメルカリで手に入れたタンゴシューズを持って体験に行った。...
わたしは高校生の頃にある絵本に心を救われてから、ある系統の絵本がとても好きになった。 それから間も無くして「こども冨貴堂」と出逢うことになり、 その小さくて真っ赤なドアを開くと店長と子ども連れの親などでいつも店内は温かい空気で賑わっていた。 どういう流れか覚えていないが、18歳の私に店長は名刺をくださり、「頑張って」と声を掛けてくれた。...
この世に宝石は数あるけれど、 わたしは真珠が好き。 私たちの住む地球を抱く海が、 ほろりほろりと泣きたくなって真珠が生まれたと思う。 今、ベビーパールが採れなくなってきているらしい。 なんだか、同じ。 地球で生まれる私たち人間も減ってきている。
10月11日生まれの少年が、お茶を飲みにいらっしゃいませんか?と16歳の私に手紙をくれた。 その封筒の差出人の名前に「忌野清志郎を尊敬する者より」と書いてある。 当時の私はその名前すら読めず、清志郎が誰だかもわからない世界に生きていた。...
数年後に還暦を迎えるというのに、まさかのことに出くわした。 食いしばり防止マウスピースの作成。 気がついたのは30歳代だっただろうか。 口中、両方側に歯形がつくようになった。 まさに、歯の形がつく。 ギザギザと後がつく口中は何故つくのか不思議なほどで、 でもある時はついていなかったりする現象なので、...
一日、一日与えられている24時間。 3月から英語を勉強し始め、 4月から畑の準備をし、 5月から調理師を勉強し始め、畑に通い、 インスタを手伝い、 増えることがある分、時間が足りなくなっている。 毎月1回は着る着付け練習も今年はまだ1回、 お茶の習いも1回しかできておらず、 絵本のまとめも、 パソコンの写真の整理も、 磁器の絵付も、...
昨夜、今朝の畑の水やりにシェアカーを申し込んだ。 昨年も借りた家の裏のシェアカーの予約がとれなかったので、 300m離れた初めての場所のシェアカーを苦労して取った。 私はスタートが鍵でなくボタンで始まるという今の車に昨年からやっと慣れたばかりで、 翌朝の運転を考えるだけで胃が縮こまるのだ。...
かかってしまった。 33年も。 大卒で就職したての私がテレビで発した言葉 「将来の夢は自分のアトリエ をもって作品を作りたい」 なんとまぁ、道端に転がっているようなよくある言葉。 その自分の発した言葉の呪縛を解くのに33年もかかった。 ずっとアトリエを持つことを自分に課していた。 「アトリエであなた何つくりたいの?」と33年も問い続けていたのだ。...
8歳から祖父母と同居を始めた頃、 長い廊下で繋がる祖父母の部屋に行くのは探検のような愉しさがあった。 その中で寡黙な祖父の行動は特に不思議なことがある。 読み物は新聞以外にオール読物、 喜怒哀楽はお相撲テレビ観戦、 食事のあとの「うまかった」の言葉、 数々の中で、強烈なことは毎晩の枕に載せる紙だ。...

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